【The Last Day 日本】また走ろう

9月9日(土)晴れ MAX33℃
6:23 長崎自室
自室。
鈴虫とコケコッコ、カエルのオーケストラ。そして傍でゴロゴロ唸りまくるコムギのエンジン音を聴きながら書いている。
イスと机の高さも完璧で、最後の日記に相応しい字で書けて気持ちがいい。天気も晴れ。青空!!
あれからは、泣きながら日記書いてたらCAさんが紅茶くれたり立ち話まで付き合ってくれて、帰りにはお手紙までいただいてしまった。ANAのホスピタリティすげー。
んで羽田降りて、線路わけわからんでコロンビア人の女の子と一緒にコンプリケイト過ぎるねつって地元の人に助けられて、彼女をホステルまで送って、ネカフェで気絶するように寝て。
翌朝は大雨の東京を歩いて銭湯行って、はるかさんに出迎えてもらって旅の話をして、美味しいねつってコーヒー抹茶しばいてたらドタバタ長崎行き乗って、なんだかんだ台風クリアして21時にかつひろとハグして長崎帰ったな、て感じて二人ですき家のキング倒して帰ってモフッてお父に報告して、また気絶するように寝た。
大丈夫だよ。
俺は飛行機の中でも泣きじゃくったし、羽田着いてもさ、心は上の空だったんだ。自分の身体じゃない感じ。自分の手を前に差し出して見つめてやっと、俺だと確かめてた。魂抜けてさ。
寂しくてさ。
終わってしまった、終わってしまったって呟いてたよ。
でも、大丈夫だ。
そうやって歩いてたら、アレックスとミゲル、ルーディからメッセージが入ってさ。
「ユーシ、旅が終わったな。寂しくないか?」って。
そしたらみんな、「俺もそうだった。今は日常に追いつこうとしているよ」って。
「寂しいけど、この心も大切にして生きようぜ」て。
ありがとうな。俺、また泣いちまったよ。
そして風呂入ったら心も身体も少し落ち着いてさ。
はるかさんとも話していたら、気持ちも前を向いていったよ。
そして、わかったんだよ。
もう次の旅は始まってるって。
俺はこの旅をカタチにしたいからさ。
そして、出会った皆んなに手に取ってもらえたらって思ってるんだ。
次に命を賭けたいことが見つかったんだ。
だから、大丈夫だよ。
泣いてばっかの俺で、ちっとも強くなれなかったと思っちゃったけど、大丈夫だ。
これからは皆んなの顔を思い出すよ。
そしたら俺、「ダサい生き方してらんねー!!」つってまた踏ん張れるから。
もっと強くなるよ。そしてまた、会いに行くよ。
皆んなに旅の話を聞いてもらうよ。
メソメソしてたらさ、あの狼が俺を見つめて言うんだ。
「俺は生きるぞ。お前はどうだ」って。
またこれからだ。俺たちの人生は。
旅の終わりは旅の始まりだろう?
俺、精一杯生きるよ。
辛いことも嬉しいことも全部抱いて、進み続けるよ。
また走ろう。
長い旅だった。
長い長い、旅だった。
2023.9.9 6:48
西村雄志郎

早朝。ウィンドベルさん開店前にパッキング開始。
最後に出会ったリス。店の横をチョコチョコ動いてた。



さようなは愛しのティムホートンズ。
最後に集合写真。

カズキさんとも。
最後に金谷さんと。一介の旅人でしかない俺に本当に良くしてくださった。お世話になりました。
B.Cのナンバープレートを連れ帰る。














日本語にホッとする。
荷物も問題なし。











喜んでもらえて良かった。

日本語かあ。
真ん中の席からズーム。空いてたら席移動できると知らずに、強いおばちゃんに先に取られてしまった。
情けない姿を記録、のつもりが笑ってるじゃねーか。
あられ的なやつ。秒で完食。
最後の最後に気圧変化で爆発させてCAさんに心配されてウェットティッシュ貰った。枕やテーブルを汚さなくてよかった。

生姜焼きを勧められたので従ったら、泣くほど美味い。

アイスも。コーラに突っ込んでコーラフロートにした。
立ち話ついでに写真も撮らせてもらった。陰影で顔がやばいことになってるから載せらんねえ。



行きも帰りもカジノロワイヤル。一人席に残るボンドが、実はポーカーはさっぱりというダニエルに見えて笑う。



走ったらしい。
搭乗証明書と手紙。俺はちょろいからもう一生ANAに着いて行きます。
まさかロッカーに荷物全部入るとは。一日700円。
羽田空港の写真は全く撮れなかった。そんな気分ではなかった。
日本だ。

これなら何とか理解できる…?
古のバックパッカーみたいな膝。
彼女の名はフリエタ。旅に出る前の俺でも送り届けられたかな?少なくとも他愛無い世間話なんて自分からできなかったろうな。



日本だ。





日本だ。
力を溜め続ける機械系モンスターで3ターン後に強力な全体攻撃放つ奴。







日本だ。
東京だ。

翌朝。Fuckin rainy.


コンビニ傘を買う。


早朝の改札の雰囲気とかは好きだったりする。


銭湯。東京の趣深い顔の一つ。こういう楽しみを知ると住みたくなる。

日本だ。
現場喫茶。建設会社が「もっと建設の現場を身近に感じてもらえたら」ということで始められた喫茶店。とってもおすすめ。特に現場経験者。バイトの彼と会社の事務もしてるもう一人の女性にたくさん話を聞いてもらった。33歳の旅話に目を輝かせて聞いてくれるからもうファンになった。住みたくなる…。
美女と合流。

やーっと読めたよ。LINEでデスマーチする姿をただ見守るしかできなかったからなぁ…。これがその結果。素晴らしい才能だと思う。



「せめて200円は取って下さい」とか伝えた。安すぎる…。


現場の人間ならあちこちに散りばめられた小ネタを拾えて楽しいはず。

半壊した相棒を背負うはるか先生。こう見ると冒険旅してる女性とは誰もわからんだろうなと思った。
コーヒーは飲むんじゃなくて啜る。
お前もありがとうな。磨いてあげないとな。
お前も。もうカモフラージュのダメージ加工は必要ないね。

うなぎパイむしゃつく。うなぎ食えるんだな、そういや。
SuicaもPASMOも知らん長崎ん田舎もん。
雨の日は提灯畳まれるのね。また四人でここに集まろうぜ。
日本だなぁ…。ミゲル達にもこの味を知って欲しい。なんて言うんやろ。
やったーサインもらった!!期待してたんだよ〜!!第1巻はバイクに興味あるけど燻ったままという現場喫茶の女の子を焚き付けるためにプレゼントして手元にないから、実家にあるのを持って行ってまた書いてもらうぞ!!
ふざけないと気が済まない奴。

死ぬほど走った。
クソみたいなニュースに日本を感じる。

長崎へ。


赤べこ人形なってた。
今回乗ったソラシドエアのこの便は席にモニターがなく、機内Wi-Fiでソラシドエアのサービスだけ使える仕様だった。通常のネット検索などには使用できない。
1時間程度の飛行のため、この程度の高度で飛び続ける。

迎えに来てくれた心の友とすき家。

タッチパネルのメニュー上にはキングサイズはない。そのため店員を呼びつけて「注文いいですか?」「すみません注文はタッチパ…「キングで」「え?」「キングでお願いします」「き…キングで御座いますね失礼しましたあああああァァァ!!」というやり取りが生まれる。
ソッコー匂いつける末妹。


9ヶ月分の溝を埋めるのに10秒掛かった。
次女は相変わらずツンデレだった。


実家だ。



母親の飯が一番美味い。

牙見せていこうぜ!!
【Day288 Vancouver〜】満足だ
9月6日(水)晴れ
18:02 バンクーバー発羽田行きANA機内
5時半起床。
カズヤさんを起こさないように静かに支度。
朝食はカズヤさんがおにぎりを握ってくれた。俺が握り飯の具で一番好きな昆布、そして梅と韓国海苔。泣きそうになるほど美味い。
カズヤさんはブルーベリーやヨーグルト、プロテインをミキサーで混ぜて飲んでいた。毎朝のルーティーンらしい。コーヒーまで頂いてしまった。
マメで自分の世話は自分でできる良い男だった。
7時半、車で一緒に出勤。ウィンドベルさんの開店まで黙々とパッキングしていたら、トモヒロさんがやって来て昨日のやらかし話で笑ってもらった。
次いで金谷さんたちもやって来て、昨日はお世話になりましたと頭下げるも笑ってもらえた。
バイクの査定も依頼。
結果、10万円。二人で消えかかった蝋燭の炎のように迸る走りをした。お前も十分だろ。
10時、金谷さんの心遣いに甘えて最後にセローと近所を流す。
何度も通った名も知らぬ橋からの眺めに、ここで初めて走り出した日を思い出す。
11時半、最後にお店の皆さんと記念写真。皆さんと握手をして再会を約束。
金谷さんに空港まで送ってもらって深く頭を下げ、感謝を伝えた。金谷さんも近々暫く日本に帰るらしい。また日本でも会おうと約束した。一介の旅人でしかない俺に、本当に本当に良くしてくださった。お世話になった。
13時、ティムホ食いながらこれからの生き方を考える。出発の日を迎えてもどこか他人事のようだった心が、次第に現実に近づいて来る。
14時、見送られ搭乗口を進む。何事もなく通過し、一人ポツンとゲートで佇む。上の空?
16時半、日本語の案内を聞きながら今から帰る国を想う。
もう乗ってしまったら、日本。また他人事のように感じる。
そして現在。
既にバンクーバーから1000km離れ、小さな窓の外には夜の気配が歩み寄って来ている。
スマホの写真を見た。
11月から9月までの9ヶ月間。
俺の歩みを止めさせ立ち尽くして見た自然、優しくしてくれた人たちの笑顔が沢山あった。
満足だ。
一片の悔いもない。
満足だ。
俺にはこれ以上の旅はできない。
命を賭けた。
俺にできるだけのことをした。
それでも及ばない俺を、この人達は助けてくれた。
想い焦がれ続けてきた世界は、俺を迎えてくれた。
満足だ。
俺は主人公だった。
満足だ。
俺は、間違っていなかった。
走行距離 5km
金 ティムホ1000+2000
【Day287 Vancouver】気絶するほど楽しかったのさ

9月5日(火)晴れ
23:28 カズヤさんち
何から書くべきか。とりあえずかくかくしかじかでカズヤさんちにお世話になっている。屋根、壁、床に水道。そして静かで暖かい。んでキレイ!!カズヤさんの性格が感じ取れる。
さて、何から書くかマジで…。
7時起床。
近くに車が停まる音が聞こえ、最後の最後にポリスかよーと思ってたらこの辺で勝手にマリファナ栽培している兄ちゃんだった。すまねー邪魔だよなと言ったら全然大丈夫だゆっくりしてくれとめっちゃ爽やか陽気な笑顔だった。
んでバンクーバーに帰り、ウィンドベルさんの目の前のティムホで作業。
16時半ごろお店へ行き、荷物の整理。まあまあ許容範囲の食糧を余らせた。オートミール等はそのまま寄付(今になって思うが、ホームレス同然の俺が持ってたものを…アホ)。ライターなどもタバコを吸うユウサクさんに。こっちのライター地味に高いもんな。
そうしていると、同じ時期に北米をレブルで走っていた吉田さんが戻って来られた。
御歳78歳。大阪出身。強すぎる。
ある程度荷造りして続きは空港行く直前に。
19時ごろ、ガスタウンのSteamworks Brewpubへ。1ヶ月ぶりにノリさんやマサさん達と再会。旅の話や、男らしいしょうもない話に花を咲かせていたのだが…俺は気絶した。
何事もなく楽しく話していたはずだが、急に目眩を覚えた。こんなのは何度も経験があるため、とりあえずトイレで吐こうと立ち上がり、トイレの場所を聞いて階段の方を見やると…。
そこからの記憶がない。気付いたら数人の店の人が顔を覗き込んで大丈夫かと声を掛けていた。
たぶんそこでまた立ち上がったが、二度目のブラックアウト?たぶん。
次に目を覚ましたら店員さんの中に金谷さんの顔が見えた。
後から聞いたが、倒れる瞬間をカズヤさんが見ていたらしい。俺は全く覚えていない。
とりあえずイスに座り深呼吸を繰り返し、ノリさんにも優しくさすってもらって金谷さんも付きっきり。申し訳ねえ。
体が震えて寒い。だが悪寒のようでもない。手足も痺れている。吐き気も。
店の人に水貰ったりして座っているとちょっと回復。近くのトイレに連れて行ってもらい、全力でリバース。
すると驚くほど回復。
しかし念のため安静を保っていると、手足の痺れもいつの間には消えてくれた。
動けるようになったため席へ戻り皆さんに迷惑掛けたと謝るも、皆さん笑ってくれた。情けねえが、感謝だ。
んで宴もたけなわ21時半ごろ、皆さんと再会を約束して解散。
さすがに野営は無理なため金谷さんが安いゲストハウスを探してくれていたが、カズヤさんが自らウチに泊まりなよと助けて下さった。とんでもない恩ができた。
んで今はカズヤさんちのリビングにマット敷いて寝るところ。さっきまで旅に至るまでの話なども聞いてもらっていた。
カズヤさんのここでの生活の話も面白かった。どんどん上がっていく家賃など、決して輝かしいだけではないバンクーバー生活の現実を嘘をつかずに聞かせてくれ、これからどうするかを真剣に考える姿勢に彼の強さを見た。今年で30になるそうだ。俺もその頃のことならよく覚えている。どうなるんだろうな、これから。
今日は人生で初めてブッ倒れて迷惑かけまくったが、皆さんに笑ってもらえて、こうして魂の交流もできて、なんやかんや俺は最後にこういうとこ持っとるよなあとか感じた。
体調もすっかり回復したため明日は日本にちゃんと帰れ…
そうか、日本に帰るんだな。
何だろう、俺の精神も肉体もまだ他人事のように感じていないか?今日が楽しすぎたか?
帰るのか。
だめだ。気絶していた時に見ていた夢と現実がゴッチャでわけわからなくなっている。
明日起きれるのか?これは現実だよな。
全く…何にせよ、最後の最後まで人に助けられてばかりの旅だった。
でも、いいや。俺の旅はこれで。
色んな人に会って、救われて、その人の生きる強さを知って。いいんだ、それで。
デカい恩ができちまったなあ。これからどうやって返していこうか。
いつまでも終わんねえな、俺の旅は。
今日は色んな人に助けられた一日だった。恩返ししないとな。

ウィンドベルさんの目の前にあったとは。カナダ到着時はティムホに全く関心が無かった。
オートミール。お前にも世話になった。
ご馳走を余らせるマヌケ。ラストエリクサー使わずクリアしてしまうんですよと金谷さんに言ったら普通に伝わって笑った。
応急セットの錠剤は飛び出してグッチャグチャ。やはりピルケースに小分けするべきなのだろう。
留守番中の御犬様。
間違って買ったコーヒーマシン用のiHOPのコーヒー。結局殆ど飲まなかったな…。
清水さんありがとうございました。クレイジードライバーだらけのニューヨーク付近では必須だった。
大活躍したウォルマートのガーリックソルトと、シンシナティで醤油と共に手に入れたワサビソース。この三つがあれがとりあえず飯は食えた。


男たちの宴。写真を見て悔しくなる。なぜお前はこれを…。めちゃくちゃ美味かった。
回復してすぐ調子になる奴。先に帰る予定があるのにノリさんは付きっきりで診てくれた。
バンクーバーの男たち。どいつこいつもぶっとい芯が通ってやがんだぜ。
夜のダウンタウンをドライブ。いつもの飲み会の帰りのようだった。
走行距離 80km
金 ティムホ600 駐車場1500
【Day286 Vancouver】世界の車窓から

9月4日(月)晴れ時々曇り MAX25℃ MIN13℃
♾ ウィンドベルさん近くのティムホ
※割愛
合流の11時までその辺散策してるとデカい黒いリスに出会った。後から聞いたが、バンクーバーには沢山いるらしい。野良猫(なんで良と付くんだろう)の代わりにこいつらが住んでるんだろうか。
道路から離れた静かな住宅街の街路樹には逞ましい広葉樹が広がり、その優しい木漏れ日に懐かしさを覚えた。ずっと針葉樹のツンドラだったからな。針葉樹=冒険の地となったのだろう。
そう言えば、街は秋色に移り変わっていっていた。時折冷たい木枯らしが吹き、吹き溜まりには楓が積もっていた。
11時に合流。荷物のドラムバッグとメット、ジャケットはシェアハウスの自室に置かせてもらい(薄汚れているのに申し訳ない)、セローも駐輪してディスクロックも掛けて目印もつけて身軽になって街ブラに出発した。
それから20時に帰宅するまで、バンクーバーの街を存分に堪能した。俺は今日初めてこの街に来たんじゃないかと錯覚するほどだった。
初っ端のシーバスで童心に帰り、ウォーターフロント駅の美しさに感動し、発展した街にトーテムポールを見つけカナダの魂を感じ、台湾フェス歩いて飯食いに台湾行きたくなって、新しいもの古いものの入り混じったダウンタウンの街並みに往古来今を知りブエノスでのミゲルとの日々を想い出し、ハリーポッターリスペクトの洒落乙なカフェ(一人では絶対入れん)のラテ飲んで。
そんな一日だった。
何より楽しい嬉しいのは、バンクーバーに住む人々の生活を追体験できたことだ。通勤で使っていたシーバスやバスを使って移動し、お出かけの時に乗るという電車も経験できた。1Day Passで海も陸も全部移動できた。
そしてキツラノビーチで何をするでもなく海と夕日を眺め、気が向いたらポツポツと話をして、お互いの長き旅を垣間見る。
どんな心境で帰国までに残された僅かな時間を過ごしているのか。
日本に帰るとはどういうことなのか。
ここでの時間はどんなものだったのか。
納得したのか。
満足したのか。
まだまだこれからか。
面白い。これほど面白いことはない。
金谷さんAYASENさんとお話しする時もそうだ。トモさん、ウィンディ、清水さん、アンナやミゲルとの時間もそうだ。人間の織り成す人生以上に面白い物語はない。
だから俺はそれが少しでも欲しくて小説や冒険記を読む。その物語をその主人公本人から目の前で聞く時間。こんなに意味のある時間もそうそうない。
実感はないと言う。
恐らく、飛行機に乗って、いや、一時帰国を経験しているため実家に帰ってもどうだか、とか。
どこで、どうやって終わらせるのか。
俺自身はどうなのかと感じていた。
俺たちはコロナによって一度0に戻った世代だ。
だが、それでもと喰らい続けて今ここにいる同志だ。
これから覚悟を決めて故郷を去る人々もそうだ。
バイク旅とかワーホリとかの違いなんて実は全くない。どっちもとんでもなく凄い旅なんだ。
似通った決断を経て海外に生きるバンクーバーの皆さんの人生の一部を知って、俺はそう気付かされた。
20時ごろ解散し、また一人になって真っ暗の中テントを組んでいると、ちょっとだけ切ない何かを感じた。
人はいつだってそうだ。失って初めてその価値に気づく。きっとまたそうなんだろう。
今夜は最後の野営だ。やっとこの日々も終わりだが…。
精一杯過ごそう、最後まで。
今日は素晴らしい一日だった。

真っ黒いリス。デカい。
電車内。吊り革とか広告がぶら下がってない。

クルーズ船も停泊。


ノースバンクーバー側からダウンタウンを望む。


どこでも同じやね。







街中のトーテムポール。
熊の足跡。



「夏も終わりだね」と、バンクーバーの日本人の皆さんは寂しそうに口を揃えて言っていた。

間食のつもりが結構ヘビーだった。

なんとなくバスもスッキリ空間。
ブエノスの日々を想い出す。


百均的な店だけど百円のは少ない。

台湾マーケット。
美術館。

ミゲルと侍ごっこするべきだった。
美術館正門。裏門の方がかっこいい。
カッコ良すぎる窓拭きのお兄さん。こんな格好で仕事できたら気持ちがいいだろうなぁ。
柴犬もチラホラ見る。驚くことに、狼に近い品種は彼等らしい。美味しく焼けた餅みたいな色してるくせに。

コロシアムのような図書館。残念ながら祝日のため休館。

ここのカツは美味いらしい。また中道さん吉村さんに豚カツ奢ってもらおう。
地下鉄線路の広告。
ジャルジャルの「タメ口な奴」に登場する元気電気を思い出す。ああ、彼等のライブに行こう。


ハリーポッターの世界観を模したカフェ。俺ら世代はドストライクだ。
色のセンスが素晴らしい。中々普段は見ない色同士なのに。
あとでおっちゃんの半ケツに気付いて微妙な気持ちに。
カエル。バンクーバーの夏の終わり頃なら快適だろう。
遠慮を知らない奴ら。なんかこっちのカモメはやたら丸々してる、というか縮尺が数段デカいんだが。アラスカのワタリガラスのようにデカい種なのだろうか。
おもろい。
ノンアルなのにめっちゃ美味かった!ホップがガンガン効いてるのがいいね。
名前メモっとくべきやった。チーズみたいにモチモチしたのとミートボールと。美味かった!
こっちはボロネーゼ。王道。
電チャリがよく走ってるもんね。かんいちさん夫妻にも会いに行きたいな。
お惣菜を好きに取る形式の。珍しいなと思ったけど、日本にもあったね。なんかもう忘れてる。
蜘蛛の巣のように道路に張られた電線。タイヤ履いた路面電車がこれを伝ってバンクーバーを走る。絡み合った交差点では度々脱線?しては運転手が降りてきて取り付け直すとか。動画撮っときゃよかった。
走行距離 80km
金 コーヒー1000 晩飯6000 ワンデイパス1500 ガソリン1000 ポテチコーラ700

【Day285 Vancouver】カナダでツーリング

9月3日(日)雨のち曇り時々晴れ
22:59 ※割愛
※割愛
顔洗って歯磨いてお二人と合流。
SENAの超ハイエンドインカムを貸して頂いて、とりあえずAYASENさんとペアリング。3台同時接続の面倒さは今でも変わらないようだ。
そしてSENAのインターフェイスが懐かしかった。よしきと隆徳先輩、かつひろと4人で走っていた時を思い出す。
んで10時前出発。
始めは日が射して暖かかったが、すぐに谷間で影になり鼻水流して走らされた。スコーミッシュでの休憩時にダウンジャケットを着ようとしたら、なんとお店に忘れていた。バイク人生でもこんな馬鹿なミス初めてだ。おかげでこの日は、南米北米旅の中でも最も過酷な寒さの日となった。最後の最後までマヌケよ。
途中雨が降って来たためAYASENさんに先頭の金谷さんにサイン出してもらって(金谷さんもセローだが、追い付くには俺のセローではパワー不足)路肩でカッパを着たが、なんと二人はカッパを持って来ていないと!!「信じられん!!」と笑った。確かに北米の人たちは多少の雨では傘もささん、というか見たことないが、そういうことなのか?
12時ごろウィスラーのカフェ到着。
ここでやっと柳沢さんにお会いできた。三度目の正直だった。
御年61歳。数年社会人生活を送るも、これは違うと感じ夏は北、冬は南で働く季節労働者へ。好きな馬と触れ合ったりとても快適な生活だったが、当時の日本はバブル全盛期。25歳くらいで責任ある仕事を任せられ、順調に上がっていく友人たちとの飲み会で焦りや不安を覚えた(友人達からしたら柳沢さんの生活が魅力的だったらしい。本音かはわからんが)。
それを機に北米を旅し、当初はアメリカの牧場で馬と関わって暮らしたいと考えていたが、1988年にワーホリを始めたばかりのカナダへ。
そして言葉もわからぬままスキーガイドなどを経て、35歳で奥様と出会い、今に至る…。
当時は見返したい気持ちもあったという。
しかし、俺はここでこうしたい!!というような大志と呼べるものはなかった。高校時代の出来事がきっかけで良くも悪くも「どうにでもなれ」と思って生きた結果、今こうしている。と。
柳沢さんは俺たち3人(特に初対面で若手のAYASENさんと俺に)に話しながらも、どこか遠くを見るような目で一つ一つ想い出しているような表情をされていた。
他にも、狩猟の話や日々の暮らし、そして星野さんと出会った時の話もしてくれた。
カナダのフィヨルドに高さ1000m級の世界最大レベルの崖の海岸がセスナ機状から見つかり、その人類未到の地の探索のため、日本からも遠征隊が派遣されることになった(因みに、この1996年の時点で地球上には未踏と呼ばれる土地は、中国やインドの特別区を除いて既になくなっていた)。
しかし、白熊の徘徊する危険なフィヨルドの探索には、現地を知り尽くしたイヌイットの同行が必要だと決められていた(このような役目は、白熊番と呼ばれる)。
一人雇うのもかなりの資金が必要。日本側に金は無かった。
そこで、現地を知りライフルも撃てる柳沢さんに白羽の矢が立った。
そしてその旅から帰って来ると、これからカムチャッカに行こうとしてウィスラーに滞在していた星野さんに、共通の友人を通して偶然にも出会うことになった。
もsカムチャッカの案が通らなかったら、フェアバンクスの自宅に戻っているはずなので、柳沢さん達がデナリから下山したら(前述の白熊番の役目を果たす代わりに、俺もデナリに連れて行けとご友人に約束させていた)寄ってくださいと約束していた。
そしてその話の通りタルキーナから星野さん宅に電話するも留守電。案が通りカムチャッカへ行かれたのだろうと思っていた。
しかし暫くして、星野さんが亡くなられた事実を報道で知った。
それだけの交流だったが、本を読んでイメージした人柄そのままだったと言う。著書にその人柄が滲み出ているのだろうと、柳沢さんは言われていた。
十分だ。
一瞬でも当時を生きた人々の物語から星野さんの生きた時間を知ることができた。
また、柳沢さんは星野さんの死因となったクマの事件についてもこう言われていた。
確かにコテージでなくテントで寝るのはおかしい。
しかし、長年の経験の基にそう判断されたのだろう。
そしてコテージにいては近くに居るクマのリアルな気配には気付けない。テントだと布一枚のため、比較にならないほど感じ取ることができる。
良い写真を撮るためには確かに必要なことかもしれない。譲れないプロ意識もあったかもしれない。
星野さんと同じように厳しい自然を相手にしてきた柳沢さんだからこそわかるものがあるのだろう。俺にはそう感じた。
14時頃、雨も止んできたため出発することに。柳沢さんとはここでお別れ。
三度目の正直でやっとお会いできたが、本当に本当にお話を聞かせてもらえて、そして人生相談までさせてもらって本当に良かった。
「拘りに縛られないように」か。忘れないようにしないと。
それからは金谷さんが10年住んでいたウィスラーの街を3人で写真撮ったりアイス食ったりしながら散策した。さすが長年住んでいたあって、あちこちに金谷さんのご友人がいた。
街を俺とAYASENさんに見せてくれる際も、愛する故郷を伝えるような、どこか嬉しそうにされているように感じた。きっと、俺たちには到底語り尽くせない色んな思い出があるんだろう。
そして帰り道、スコーミッシュの日本食屋でラーメン、鍋焼きうどんに天麩羅うどんと食って日帰りツーは終了。
ガイドに撮影にその他諸々、金谷さんにはお世話になりすぎているためここだけは出させてもらった。AYASENさんもクソ忙しいのに2日連続俺の遊びに付き合ってくれた。
※割愛
今日は朝から晩まで遊んでもらった。楽しすぎる。
AYASENさんも言っていたが、ここまで楽しいコミュニティを知ってしまうと日本に帰れなくなる。移住したくなる。本当に体が足らん。もっともっとここに住む人達の人生を知りたい。
生き方が定まらねえ。色んなことが興味ありすぎて。嬉しい悲鳴だ…。
バンクーバー、てか旅もあと3日。一人になって日記書いていると、これがもう終わることを思い出す。
今日も良い一日だった。

金谷さんに言われて岩山を見たら、マジかよ。高所恐怖症としては安全な空調の効いた部屋でワインを傾けながら眺めたくなる地獄。




ウィスラーのとあるカフェにて。
すげー大先輩とたっぷり話せた。時間全然足んねーけど。
お母さんとキッズがボードゲーム?のバトルシップを遊んでいた。嘘喰いで見たやつ。
こっちの駐車場駐輪場は前払いのとこが多いらしい。挟んでおくが、パクられることもあるため写真で記録。
歩き方も流石やと思う。
柳沢さんの会社、ジャパナダへご挨拶。今気づいたけどカナダのジャパンだからジャパニダ!?かー柳沢さんに突っ込みたかった〜!!
左の可愛い箱のはお菓子ではなくボードゲーム。
いいね。
金谷さんの馴染みの街。楽しそうだ。




美術展にて。熊の優しい目つきから目が離せなくなる。色合いが何とも豊か。




冬はスキー場、夏はマウンテンバイクのダウンヒル。冬しか客を呼べなかったが、これで年中賑わう街になったとか。日本もやろうや。

俺とAYASENさんをめっちゃマメに撮ってくれる金谷さん。普段撮る側だからとても嬉しい。




オリンピック会場跡地。





街のアイス屋さん。美味かったなー。

AYASENさんはさすが音楽にいち早く反応する。

いい笑顔や。

ホームレスは川の歩き方も知っている。
サーモンが遡上したりするんかな。

なんかデカいイスではしゃぐ奴。

打ちっぱなしがフェンスも無しで開放的。

キツツキがオラついた跡らしい。アメリカ宜しく銃ぶっ放した跡と勘違いした。

なんかインスタで文字入れたみたいな。AYASENさんはニンジャの前の愛車がCBR1000RRなのだ。すげーよな。俺にゃ扱う自信ない。


美味しゅうござった。普段はうどん派だけど、濃い味のラーメンはガツンと故郷を思い出すね。
走行距離260km
金 晩飯5000 駐輪代500 ガソリン1300

【Day284 Squamish〜Vancouver】もうちょっとだけ続くんじゃ

9月2日(土)晴れ
23:25 Vancouver ウィンドベル店内
7時起床。昨夜は25時ごろテントを照らされて怒りの起床。ハンマー持って追い掛けたら、22時ごろ見掛けたチャリのホームレス。なんやねん。
んで起きたら5分もしないうちにテントの脇をチャリがシャーっと走って行った。ブチ切れて「何じゃワイは」と叫んで外に出ると、5m後ろにホームレスの野営地があった。
どうやら昨夜暗くなってから設営したから気づかなかったらしい。
つまり、領域に踏み込んだのは俺。申し訳ない。
8時にスコーミッシュを出て9時半にゃバンクーバーのCostcoへ。晩飯までのエネルギーを一度にぶち込んだ。
10時、ウィンドベルモーターサイクル到着。メカニックのハトザキさん、学生メカニックのヒラセさんが出迎えてくれた。
これで一応は北米バイク旅は完全に終了となる。しかし実感は湧かず。アラスカで終わらせたからか?
洗車、道具の整理、やることは山ほどあるがとりあえずは3万km頑張ってくれた相棒を綺麗にすることに。
そうしていたら金谷さんもやって来て無事の帰還を祝ってくれた。ただいまと言えるのは、いいな。
高圧洗浄機で3万km、3ヶ月分の汚れを剥がし落とし、スポンジと洗剤で丁寧に磨き上げた。2時間近くかけて新車のような輝きを取り戻した。どんだけ汚れていたのやら…。
13時ごろAYASENさんもやって来て、おかえりと言って貰えた。ブログまで読んで下さっており、俺のアラスカでの感動も伝わっていて嬉しかった。AYASENさんもこの前のカナディアンロッキーの旅で見た景色に感涙されていた。俺たちは全く同じ理由で涙した仲間だ。
14時出発の予定が金谷さんの判断でセローの死にかけのチェーンを換えることになり、終わるまでまた皆さんとお喋りしていた。
AYASENさんのギターは、ギタークラフトマンの学校のプロジェクト第一弾として、長い時間を掛けて制作されたものらしい。その逸話が実に興味深かった。
言われていた通り、本当に人に助けられた結果だ。俺の旅も人生もそうだ。
土壇場でチェーンを換えてくれた金谷さんにお礼を言って、15時半頃ホースシューベイ辺りへ、金谷さんAYASENさんと3人でプチツーリングへ出掛けた。
金谷さんという長年バンクーバーに住んでいるプロの地元民による先導とガイド付きのツーリングは、余りにも贅沢なものだった。バンクーバーへの理解が今になって一気に深まった。
フェリーターミナルでは気持ちよさそうに頭を出して泳ぐ2頭アシカも見た。
そして帰りにカフェに寄って3人で旅の話の花を咲かせた。こういう時間、久々だった。
先に金谷さんが街に戻ってからはAYASENさんと例の「伝えること」について議論していた。
やはり、創作のプロは俺以上に悩みを抱えていた。俺のウジウジした気持ちも汲んで貰えて救われた。
奇遇にも今朝に額賀さんはるかさんとLINEでこの話をしたばかりだったが、AYASENさんも同じだった。もっとみんな素直にお互いをリスペクトし合えたら楽しくなるのにな。
20時半からはダウンタウンの中華料理レストランKIRINでお食事会。本当は20時スタートだったが、人生史上最遅最長のクソ渋滞にハマってしまった。どうやらバンクーバー名物らしい。
飯は…天国だった。日記を書く今も思い出すとワザとらしく喉を鳴らしてしまう。
北京ダックは皮だけ食う食い方もあると学んだ。炒飯も雑炊も麻婆豆腐もチャイニーズブロッコリーも全て極上のものだった。こんなまともな飯はいつ以来だ?アラスカのマイコさんち以来か。サーモンのピクルスに負けないくらいの幸せな味だった。
参加者はトモヒロさん、トモキさん、カズさん、あと…名前忘れてもうた。最低だ。
ともかく、皆さんが語るバンクーバーでの生活が面白くて時間が全く足りなかった。トモキさんは何やかんやで一万円でバンクーバー生活をスタートし、ホームレスを経て今に至った。話は本にすべきだろう。
彼も同じく、そうでもないと伝えられない人生があったはずだ。というか、この街に住む日本人はみんなそうだろう。それぞれの事情がある。俺は全員の話を最後まで聞きたい。
そして俺は金谷さんに「次の旅は?」と聞かれ、堂々とアラスカと答えた。理由も話すと、皆さん真剣に聞いてくれ納得してくれた。良い人たちだ。だからその時はまた、バンクバーをスタートにしたっていい。
本当に良いコミュニティだから、俺も移住して仲間に入れてもらいたくなる。もう一つ体があってもう一つ人生を送れたら良いのに。
そしてここもまた、金谷さんのご馳走になってしまった。出発時も美味しい日本食を食べさせていただいたのに。ご馳走様でした。
※割愛
明日はまた3人でウィスラーへ。柳沢さんに会えるといいな。
※割愛
今日も良い一日だった。とりあえず、完走おめでとう!!
ヴォラーレ、セロー、出会った人々支えてくれた人々のお陰だ。
俺は幸せもんだ。

酷い野営になった。最後の最後で最も危険な動物である人間に気付けないとは…情けない。
帰ってきたなーて感じ。チャイナタウン側のここは立ち食いオンリー。しかし非会員も合法的にフードコート利用可能。ちなみにカナダのCostcoではRevolutは何故か使えないので注意。
近くのスタジアム。
一時通行止め待ち。サーモンてのが良いなって。
チャイナタウン看板。漢字ってやっぱカッコいいな。
North Vancouverへの橋。何度通ったことか。
整備中の様子。二人ともカッコいい。ツナギが似合う人はいいなぁ。
トモヒロさんに差し入れを頂いた。近所のカフェのチョコクロだが、クスコのパン屋を思い出す美味さ!クソッタレ日本帰ったら絶対太るな…抗わないと…。
俺も記念撮影忘れていたが金谷さんがすぐに「撮ろう!」と荷物も載せ直して撮ってくれた。予備のガソリンと壊したブレーキディスクも一緒に。
3万km北米旅したセローのツラ。
割れたスプロケットカバー。金谷さんの見解でも、やはりチェーンが暴れたのが原因と。
最も汚れる箇所の一つ、スイングアーム周り。油と泥が積み重なって固着していた。
サイドバッグの摩擦で磨かれた御神籤マフラー。
サンダーベイのガソスタの兄ちゃんが一度磨いてくれたからか、割と綺麗。
エキパイも左官さんが塗ったように綺麗に泥のコーティングがされていた。ここはまさに高圧洗浄で剥がすように洗った。
エンジン下、そういえばアンダーガードもないのに結構ラフな走行してたな…。ヒビも入らず幸運だった。一度丸太に乗り上げた時はヒヤッとしたが。
スパイディを貼ることで俺のバイクになった。ウォルマートで200円。さすがスパイディ最後までタフだった。
テンション上がってぶっ掛けまくってたらライト濡らして点かなくなった。アホ。
終わったなぁの景色。バイク屋さんでの一服は人生に必要な時間だ。
蛇口を捻ると水が手に入る。上水が手に入る。
AUASENさんのメットとSENAのインカム。インカムはなんと動画撮影機能付きで、ナビの音声案内や流している音楽まで録音されるらしい。使い方次第では動画編集がかなり面白くなるだろうな。

人と走るなんていつ以来だろう。

ダウンタウンが見える。


フェリー乗り場。
にしても浸かりすぎだろうと3人で話し合う。


そう言えば面白いメンバーだなって。二人とも大ベテラン。AYASENさんなんか18歳からバリバリ乗ってるとか。


こんな狭い湾内にデカいカーフェリー。
夥しい数のヨットの群れ。係留費用が日本より安いとかなんとか。
走りながら撮った中で割とまともな一枚。しかし微妙にピントがズレてて歯痒い。
金谷さん。ツーリング中もめっちゃ写真撮ってくれたり歴史の解説してくれたりと、とても細かい気配りができる漢。あれが写真に映らんからと気遣って撮ってくれる人なんて今まで片手もおらんかったぞ。
カフェに水汲み場があるのも珍しい。


さすがモデル。撮られ慣れている。
なんかようわからんラテアート。ん?タヌキ?クマにも見えてきた。
金谷さん撮影。髪伸びた。

帰りのダウンタウン行きの橋にて。

タンカーが常に数隻いるが、どうやら入港の順番待ちらしい。


バイク共々似合うな。普段着に近い服装でバイク乗ってるけど、こういう夜の街には悔しいがスポーツ系は映える。

アホほど美味い。集合写真撮り忘れるほど夢中だった。
走行距離 170km
金 ジュース5本1000 コスコ700 カフェ500


【Day283 Lillooet〜Squamish】舞台装置

9月1日(金)晴れ
21:43 Squamish ティムホ
7時起床。オートミール3つ袋食って10時発。
近所のキャンプ場へシャワー借りに行くも管理人不在。
南米流の後払いが通じると信じてシャワーへ。ついでに洗濯。何日ぶんの汚れだったろう。髪サラッサラ。顔も髭剃ってツルツルで人間に戻れた。
ウェンディに貰った石鹸もだいぶ小さくなった。
12時過ぎても不在のため先に街ブラへ。ファーマーズマーケットを見学し、ベーカリーカフェの高さに撤退し、iPhoneのケーブル落として焦った。
町出る前にまたキャンプ場行くも相変わらず。現金もねえ。御免なさいして出発。いつか地獄に堕ちるだろう。
また寒くなったり暑くなったりの渓谷を駆け抜けていく。途中の川原では昼飯休憩。たぶんこんな絶景で当たり前に自炊飯食うのも今日が最後だ。
そして18時ごろスコーミッシュ到着。ティムホでチンタラ。
とりあえずiPad Pro、スマートキーボード、Appleペンシルに投資することにした。20万くらい?XT250がいくらで売れるのか。
はるか大先生はこれらの神器で創作をされているらしい。んならば信頼できる。
記録することについてTwitterのお友達と話すことがある。リアルの友人ではそんな奴いねーな、そういや。
何故記録するのか。今まで何度も自問自答してしてきた。理由はいくつもある。
クセだから。
あとでまた旅に想いを馳せて旅できるから。
自分の生きた証だから。
では何故日記をブログに?一線の金にもなりゃせんのに。
自己承認欲求。
暇つぶし。
なんかそれっぽい習慣が旅に欲しかった。
一番の理由は、誰かの背中を押したいから。
俺は映像でも写真でもなく、文章、紀行文に影響を受け続け、こんな旅人になった。
ユアンとチャーリーは特別だ。あんな作品は人類史でも唯一であり、もう二度と現れないものだ。
何かに影響を受けて何かを目指す時、人は必要以上にその存在を神格化してしまう。特別な才能があり、自分には到底到達できない次元の人だとか、やれ聖人のような御心をお持ちなのだろうとか、良くも悪くも勝手に想像する。俺はそうだった。
だが、坪井さんや吉田さんの生の記録を読んで、そうではないと教えてもらえた。
だから俺もそういう存在になりたいと思った。
俺の生きた記録が、誰かの背中を押せればと。
「こんなアホでもやれるのか」と思って欲しい。
金がねーのも下らない人間なのも全部眺めてもらって、「じゃあ俺にもできるだろ」と思って欲しい。
俺の知らぬ間に、誰かの人生の舞台装置になれていたら本望だ。
俺のこれからの人生はそれでいい。満足したから、俺の人生には。
親ってのもそういう気持ちで子を育てるもんなのかな。今度聞いてみよう。
あっという間に22時だ。店員さんの圧を感じる。野営地行こう。
今日も良い一日だった。

ハンマー投げごっこ。
汚い髭面も最後になる。






ファーマーズマーケット。
眺め最高の憩いの場。
ここに落とした。見つかって安堵。

リルーエットに渡る橋。



橋桁に降りると、なんとサーモンの切り身が沈んでいた。意味がわからん。
小魚の姿も。側面に斑点があった。マス類だろう。

最後の自炊飯。
沈没ティムホ。禁断のハニークルーラー2個。
懐かしい記録を見つけた。色々あった。
走行距離 230km
金 ガソリン1000 ティムホ600

【Day281 〜282 Prince Jorge〜Lillooet】呪い

8月31日(木)雨
16:19 A &W リルーエット店
昨日は6時起床7時発。
キャッシュクリークからは見慣れた大渓谷が姿を現し、少しばかりのワインディングとアップダウンがここ最近単調だった走りに楽しさを与えてくれた。
この日もよくわからない天気で、パラッと降ったり晴れたり。気温も低いため、ほぼ冬の格好で走り続けた。
リルーエットに着いたのは15時。いくつかの野営地を下見するも、結局夜に見付けた工事現場裏の松林に野営した。深い砂にスタックしてしまい、脱出に手間取り無駄に汗をかいた。
バンクーバーの皆さんに会う前にシャワーを浴びないといけないが、この町のキャンプ場がシャワーだけの利用も可能のようで助かった。
もうこんな生活も終わると思うとホッとするが、後でこんな苦労と喜びをどう思い出すのだろうか。
夜まではティムホでチンタラ。ティムホも後悔なきよう食っておかねばならない。
んで24時半就寝。最近ハマったサマータイムレンダの先の展開が気になりすぎて止められなかった。てか、夜にテントで観るにはフツーに怖かった。怖いてか、気味が悪い。
今朝は7時起床。テントをしつこく叩く雨粒の音で目が覚めた。どうやら長い雨になりそうだったため、昼前までチンタラしたら軽く荷物まとめてカッパ着て町へ出た。テントはそのまま。
ティムホへ行くもドライブスルーのみの営業。どゆこと。
隣のSUBWAYへ行くも店内無音で落ち着かんわWi-Fiクソだわクソ寒いわですぐにA &Wへ移動。
ハンバーガー屋のようで、1500円くらいのセットを頼んだら、悪くない。大きさはフツーだが、間違いなく美味しい。マック行く意味ないなマジで。ルートビアも初めて飲んだが良いかもしれん。
んで今まで、日本に帰ってからのこととか、旅の本をどうカタチにするかとか考えて調べたりしていた。
住むのは…やはり九州か。福岡かな。最近は田舎の良さも改めて気付きつつある。帰ったら掌返すかもしれんが。
関東も田舎の方なら良いかもしれんが、それでは九州に住むのとあまり変化がない。結局、都心の側でないとやりたい仕事もできそうにない。
しかし街はやはり、田舎もんの俺からしたら汚いモノ、主に人が日常に溢れすぎていて、それを当たり前としていなす自信が今の俺にはやっぱりない。ネットでさえうんざりするんだから…。俺は人が好きで、嫌いなんだろう。
水野家やウェンディんち、アラスカのマイコさんちの暮らしの一端を垣間見れたのは、この問題の解決において良い収穫だったといえる。本当に日常に必要なものが何なのか、わかってきた気がする。
旅の本は、時間を掛けて着実に一歩ずつ進むしかない。コミティアに出す以上は多少は絵も描けるようにならないといけない。
甘くない世界だ。この旅と同じく、等価交換が約束されている世界ではない。だからこそ、人生の一部を賭ける価値がある。
絵の練習…まあ好きなもん描いてりゃ上手くなる。小学校でのケイスケとの模写を思い出す。あれは楽しかった。
そんな感じで、心はすっかり日本に帰りつつある。
一人でテントに居たら海外に居ることを忘れる。道路を走る車の中の人は日本人ではないかとさえ錯覚する。
今までもそういうことは何度もあったが、最近はより脳みそがバグっている感じだ。
救われたからだ。救われたから、気持ち新たに未来を向いて居られる。
ではもし、救われていなかったら、呪いが解けぬまま帰国の日を迎えていたら。走りながらふとそんなことを考えていた。
終わりとは、救いだ。本当の意味で終わらせるためには救われなければならなかった。
じゃあどうやって終わらせる?旅の定義にはそんなことは書かれていない。間違いないのは、自分で終わらせるしかない。
じゃあ、終わらせることができない、終わらせ方がわからない旅人はどうする?
俺もわからない。たぶん、旅の中でそれを見付けるしかない。
俺は幸運だっただけだ。
もしあの時、あそこで何も感じるものがなかったら。無感情となった自分を知るだけの日々となっていたら。
呪いだ。これ以上適切な言葉はない。旅への想いも、ありきたりな夢も全て呪いとなる得る。終わらせなければ死ねないのだ。
俺は幸運だっただけだ。
あと数日で、俺は更に普通の、何の肩書きもない男に戻る。
そんな場所から、次に続く同志たちをどんな目で見つめるのだろう。
ただただ自分のことのように嬉しく祝福するのか、実は呪いが解けていなかったと認める日が来るのか。…いや、それだけはないな。
もうすぐ旅が終わる。
どんな下らない時間をここで過ごしても、できるだけ最後まで記録して旅を終わらせよう。
今日も良い一日だった。

途中の川の町。
ボイラーらしい。
水車見たらアラスカのサーモン水車を思い出してヨダレが出るようになった。早くまた行きてえなあ。


リルーエット。北米で一番可愛い名前の町に決定。

7/31にバンクーバーに行った際には気にも留めなかったが、なんと面白い町の造りをしているのか。ここまで好奇心をそそられた辺境の町は南米以来だ。北米では忘れかけていた興奮が蘇ってきた。縦写真のが迫力あるな。

ティムホがないと町ではゆっくりできない体になっている。敬意を込めて適当な写真でもスマホでなくカメラで撮ってみた。
18時に閉店なので外に移動してチンタラ。大渓谷の町はどこを見ても山々の迫力が凄い。ここもカナディアンロッキーなのかな?
キャンプ場先の川。しれっと入ってきた。
焚き火跡。やるなら川原でやれよ。


謎の空間。キャンプ場の方が手を入れたのだろうか。優しさは伝わってくる。
野営しようと思ったが、なんか嫌な足跡をたくさん見つけたため撤退。こんな町でもクマは出る。
初サブウェイ。しょぼッッと思うも割と満足感あった。美味いな。もう行かねーけど。
初A &W。カナダのお店なのかな。とにかく早くKayaバーガー食いたい気持ちが強まっていく。北米のバーガーは期待していただけに残念だった。

クソ雨。
BLEACH展凱旋の報に興奮。今度は誰かと行きたいな。
走行距離 520+5km
金 サブウェイ900 A &W1500

【Day280 Jennings River〜Prince George】サンブンノイチ

8月29日(火)晴れ クソ寒い 山火事煙
21:40 プリンスジョージ
6時起床6時45分発。
かなり冷えるため全力防寒で走り出すも、10分もしないで気温がグンと上がりソッコーキャストオフ。と思ったらまた一気に冷え込み、んでまた暑くなりと繰り返した。
わけがわからん。こんなん初めてだった。
R29に入ると今度はアラスカ並みに冷えて、ガタガタ震えながら走った。夏だよな?たぶん10℃切ってた。川沿いの山間部だからか?
確実に原因となっているのは、山火事による煙。濃い煙が日光を遮って、太陽は高く昇っているのに地表が一向に温まらない。どこから流れて来ているのだろう。
ここ数日謎の息苦しさがあり吸入器を何度か使ったが、それもこの煙が原因だろう。バンクーバーまでに少しは収まってくれるといいが。
フォートセントジョンからプリンスジョージへ。
ここ最近の空腹と粗食を癒すためにCostco目掛けて弾丸になった結果、野営地から600kmのこの街に14時に着いた。
またチェーンを確認したら、スプロケットカバーが割れて半分吹っ飛んでいた。
唖然。何が起きた?朝からエンブレ時に異音が発生していたが、弛んだチェーンがチェーンカバーに擦れていると思って然程気にしていなかった。まさかスプロケカバーに接触していた?しかしチェーンが暴れるほどダルンダルンではないはず…。
わからん。セローに15万km乗ってきて初めてのトラブルだ。
とにかく、走行に支障はない。あと800km頼む。
Costcoではホットドッグ、ピザ、ポテト山盛りを喰らい、不足気味だったカロリーを一気にブチ込んだ。ちょっと食い過ぎた。
そしてWalmartで給水し、なくなったチェーンルブ今更買うのもアレだから、ちょっと残っていたオリーブオイルをちり紙に染み込ませてチェーンに塗りたくった。割と動き良くなった気がする。
野営地は街の中心から5kmほど離れた郊外の畑の隅。デカい干草のおかげで道路から死角になっている。なんとなく干草の良い匂いもテントの中に漂ってくる。
明日はキャッシュクリークまで500km。バンクーバーも目の前だ。
んで今日は誕生日だったが、歳を重ねるごとに何とも言い難い気持ちになる日となっていく。
33。歳取ったなあ。
後戻りはできない人生の厳しさ面白さを、神様に肩を叩かれて見せつけられている気分だ。時は待ってくれねえからなあ。
山は逃げると、若い頃から自分にも言い聞かせてきたが、まだまだ甘ちゃんだな。ままならねえ。
それでも祝ってくれる人のいる幸せよ。真面目に生きねーとな。
33歳は何が起きるのやら。
たまには何もない一年が欲しいけど、まあ贅沢な話だ。
今日も良い一日だった。



明らかにカナダとアメリカで質が違うのだが、なぜ?LAで食った時はピザが死ぬほどレベル高くて感動した。ホットドッグはどこも同じだな。
これはカナダの名物らしい。なんかフライドポテトにシチューみたいなのとチーズが掛かってるの。
毎度お馴染み。
安い!ペプシとマウンテンデューは田舎のコンビニでも安い時があってよく助けられる。
背の高い草地のためナメクジが心配だったが大丈夫だった。
走行距離 609km
金 Costco1000 Walmart200 ガソリン1200+1700+800

【Day279 Coalriver〜Jennings River】また遊びに来いよな

8月28日(月)晴れ MAX28℃ 暑い
22:11 Jennings River R97野営地
7時起床7時45分発。山陰でちっとも朝日が当たらず冷え込んだ。結露でテントもグッショリ。セローのシートには白い灰のようなものが散らばっていた。もしかして、今カナダで起きている大規模の森林火災によるものだろうか。
今日もひた走る。景色も往路の繰り返し。途中釣りをするも今日はノーフィッシュ。昼飯休憩以外は走り続け、気付いたら20時半。さすがに身の危険を感じる暗さのため、モーテルのあるオアシスの隅っこに野営。ここにはクマも出ないだろう。
そう、今日はクマに出会った。しかも5頭も。※前日に出会ったクマの記憶が何故かこの日になっている。錯乱状態。
最初は親子連れで、小さい子熊が母熊に着いて回って一緒に木の実をモシャモシャ食ってるとこに遭遇した。ブラックベアは北米に生息するクマの中で最も小さい種らしいが、確かにぬいぐるみのようだった。見物客が増えたからか、そそくさと森の中に入って行った。
その後2回また出会ったが、夕暮れ時に見たあいつは大きかった。
多分に漏れずひたすらモシャついていたが、ゴールデンカムイで学んだ通り、本当に夢中で食べまくるんだな。バイソンやカリブーみたいにボーッとすることもなく、ずっと食ってた。だからクマ鈴鳴らして存在を教えてあげないといけないんだろうな。
自然の中では黒は意外と目立つということも彼らを見てわかった。
バイクでカッ飛ばしていても、真っ黒い塊が視界に映ると違和感を覚えて気付くものだ。サバゲーでも黒は目立つと学んでいたが、やはり間違いないようだ。
他にはカリブー、ムースの親子連れ、バイソンの群れ、そしてなんとフクロウにも会った!!何か標識にとまっとると、Uターンして見に行ったら茶色の丸いフォルムのフクロウだった。
俺に気付いてフワッと飛んで森の入り口の木に移動したが、こいつの保護色はすごかった。しばらく見つめていてもあれには気付けない。完全に木の色と同化していた。
いやー今日は動物祭りで良いものを見させてもらった。カナダの自然が最後にとお見送りしてくれてるんじゃないかと思ってしまう。
ガソスタではお留守番のワンさんとも交流できたし、走りまくってハードな割にゃ、良い一日になった。
明日はプリンスジョージまで。600kmくらい。今日は久々700km。
チェーンもタイヤも限界な気がするが、あと少し頼むよ。

昨夜の野営地。夜になると完全に隠れられる場所。イカレた車の突撃も防げる丘の上。ビッグオフでもたぶん無理。
写真じゃ見にくいが、灰が載っていた。
落ち着いた様子で主人を待つ利口な御犬様だった。目が合うと顔を出してちょっとソワソワするのが可愛い。



俺の中ではカリブーは星野さんが見せてくれたアラスカの原野の主人公。群れで川を渡るあの一枚を思い出す。美しい生き物だった。
車が来ては逃げ、また戻って来るを繰り返していた。轢かれないようにね。
昼過ぎて暑くなる前に飯とテント乾燥。14時ごろが暑さのピーク。バイクの小さな影に隠れて調理して食った。


神はどうしてこんな愛らしい姿の生き物に最強のスペックを与えてしまったのか。危険だと知っていながらも思わず近付きたくなる見た目をしている。恐ろしい。
わかるだろうか?フクロウを撮る人は大変だろうな。サーモグラフィーが必要だ。
途中のオアシスにて。給油しようとするも何やら停電でスタンドが使えないと。待つのも面倒だから次のオアシスへ走った。予備のガソリンは過剰だと思う時もあるが、なんだかんだイレギュラーを想定すると必須だと言える。精神衛生上もね。

爆走していても何かを感じて凝視すると、やはり何か居ることが多い。失われつつある野生の勘だろうか。
炊飯時に蓋を抑えていた醤油が引退したため三脚を載せてみた。アルミ三脚だから可能。プラは溶けるから真似しないでね。
粗末だがご馳走。ホワイトホースから連れて来ていた卵のため、最近の暑さもありちょっと不安だったが翌日以降も腹を壊すこともなく美味しくいただけた。日本の卵も厚紙のケースに入ってたらそのまま携行しやすいだけどな。卵ケースは持っているが、6個までだし必要ない時に捨てられないからなぁ。
走行距離 700km
金 ガソリン1400+1400+1000+600


